ビジョナリーの視点 -立石一真の思考から紐解くオムロンの礎- 第二話 イノベーションの原点を示した先見的な社憲の制定

8回にわたって、稀有な技術系経営者であったオムロンの創業者、立石一真の思考と思索の跡をたどり、その成長の過程とビジネス哲学の背景を紐解いていく本コラム。

第二回目は、60年以上も前に制定されながら、今もオムロンのあり方とイノベーションの原点であり、その発展の原動力かつ求心力ともなっている、先見性に満ちた社憲制定の経緯と、そこに秘めた一真の想いを明らかにします。


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航海における海図のように機能する経営理念の重要性

一真は昭和20年代(1945年~)の前半には、業績が伸びながらも、経営層と社員との労働争議により250人ほどいた社員が33人になり、倒産の危機に追い込まれてしまった経験をしています。その経験から、社長以下若い社員までの全員が「志を同じくする」という理念の重要性に引き込まれていきます。そして、会社が軌道に乗り、事業規模も拡大した昭和20年代の後半になると、立石一真は、企業と社員だけではなく、企業と社会の関係性についても思いを巡らせるようになりました。

それは、現代のスタートアップ企業とも通じる部分だといえます。最初は、1つのアイデア、1つの製品を世に送り出すために起業したとしても、規模が大きくなるにつれて経営課題は複雑化し、「会社は何のためにあるのか?」、そして、「人は何のために働くのか?」という疑問に直面するからです。逆にいえば、それはどのような会社にも起こりうることであり、社員の人間形成やビジネス的な業績を継続的に支えていくには、経営者や企業がこうした疑問に対する的確な答えを持つことが求められます。

一真は、せっかく成長した自らの会社がつまずくことのないように、経営理念の重要性について真剣に考えるようになっていきました。それは、航海における海図のように、ビジネスという海原を切り拓いていく企業の指針として、必要不可欠なものであると考えたのです。

日本に相応しい経営のバックボーンを求めて

経営と社員が同じ方向を向いて成長していくには、どうすれば良いか? 社員が働く喜びを感じ、創造と完成の喜びを感じ、究極的には生きる喜びを感じられるようにするための指針とは何か? 一真が、その答えを求めて思索を始めるのと前後して、日本電機工業会の斡旋でアメリカの中小電機企業の工場視察に出向く機会があり、彼は、フロンティア精神やキリスト教精神が、米国企業のたくましさを支えていることに感銘を受けました。

もちろん、日本とアメリカの国情の違いから、一真は、それらの精神をそのまま採り入れるわけにはいかないと思いながらも、企業には確固たる経営のバックボーンが必要であることを改めて認識したといいます。

さらに思索を重ねて数年が経ち、昭和31年(1956年)春に経済同友会の総会に出席した一真は、同友会の岸 道三代表幹事の所見を聞き、大いに感じ入りました。「経営者の社会的責任の自覚と実践」というタイトルで語られたその話から導き出されたのは、「企業は社会に奉仕するためにある」という認識です。そして、その実現のためには「企業の公器性」を経営のバックボーンとすべきであることを悟ったのでした。

「企業の公器性」を意識し自ら動いて良い社会を築く

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一真が経営者として非凡であったのは、自ら悟ったこの「企業の公器性」という概念を、すぐに理念として普及させようとせず、社員がいかにその概念を理解し、共感し、自分ごとにできるかを追求した点です。社憲という存在自体に馴染みのない時代に、いきなり耳慣れない「企業の公器性」の話を持ち出しても、簡単には理解されないことが彼にはわかっていました。

そこで、まず役員や管理職を皮切りに、実に3年の月日をかけて多方面に自ら話をして回り、気が熟すのを待ってからまとめあげ、公表することにしたのです。

それは、誰にでもわかりやすいように「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という平易な言葉で書き表され、昭和34年(1959年)5月10日の創業26周年記念日に正式な社憲として制定されました。

一真は、その一文に、「よい社会とは、到来をただ待つのではなく、自らが先駆けとなって築き上げていくものである」という熱い思いを込めたのです。

社会への奉仕が企業の業績向上と継続性の礎

この社憲は、「社会に最もよく奉仕する企業には、(社会が)その好ましい企業を伸ばすための<経費>として最も多くの<利潤>を与える。そうすることが、とりもなおさず社会自身のためになる」という真理を示しています。一真は、企業が伸びれば地域社会の雇用が増えて奉仕でき、得意先に対してはよい仕入れ先、仕入れ先に対してはよい得意先として奉仕できると考えました。また、企業の利潤の半分程度は税金の形で国家に奉仕し、社員には高賃金、株主には高配当で奉仕できます。さらに、得意先や消費者にはよい製品をより安く提供して奉仕できるようになり、最終的には福祉事業を通じても社会に奉仕できるということなのです。

企業がこのような存在になれれば、社会は、良き隣人であるその企業を存続させ、伸ばすための経費として、利潤を与えてくれるようになります。一真は、経営も社員も、社憲に基づいて使命をまっとうすることで、社会と企業が共存共栄の関係になると信じたのでした。

このように立石一真は、企業は常に社会の役に立つためにあるという確信を得て経営にあたることでオムロンの業績を伸ばし、また、会社全体としても様々なイノベーションを成し遂げてきました。その哲学を凝縮した社憲は、今も日々の業務から新規事業の立案に至るまでオムロンの指針として息づいており、これからも揺るぎない企業精神としてオムロンを支えていくことでしょう。

次回は、一真が1970年国際未来学会で発表した未来予測理論であり、21世紀前半までの社会シナリオを高い精度で描き出した「SINIC理論」についてご紹介します。

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