「機械の目」は社会を、未来を見通せるか? ~ヒトを超える機械を生む、人~

ヒトを超える「機械の目」

風を切る音がだんだんと大きくなり、近づいてくる。
大きくなったかと思うと、次の瞬間、軽快に走り抜けていく乗用車。
その音が小さくなり、遠のいたかと思うと、続けて、大きな振動音を響かせ積荷を乗せたトラック、スポーツカーと、次から次へとスピードを上げて疾走していく。

車種も違う、スピードも違う、次々とやってくる車をつぶさに追い、ナンバープレートを画像で捉えて識別する技術。
どれだけ動体視力が優れたスポーツ選手でさえも、到底追いつくことはできない。
ヒトと同じように3次元で空間を捉えながら、ヒトよりも速いスピードで物体を識別する技術を生み出したのは、画像センシング技術のトップエンジニア、諏訪正樹。

技術・知財本部 専門職 諏訪正樹

技術・知財本部 専門職 諏訪正樹

画像センシングとは、いわば『機械の目』。

どれほど高い能力をもった機械でも、感覚器の「五感」を備えなければ、やみくもに動くだけの機械になってしまう。
機器・装置内に内蔵され、対象物を捉える「目」の役割を果たすのが画像センシング技術。

人間も周りの情報の80%以上を視覚的に得ているという。
機械もまた、刻一刻と変化する状況を見なければ、周囲と協調して自らを制御することはできない。

オムロンは、40年以上にわたって「人間の目」の代わりになる画像センシング技術を磨き、産業・社会・生活の多様な分野で、社会の発展を支えている。

諏訪がオムロンで最初に携わったのは、2次元文字認識センサーの開発。
カメラで捉えた画像の中にある文字やコードを認識し、工場で製品に印字された食品の賞味期限や製造ロットナンバーといった文字やコードを読み取る装置から、車両のナンバープレートの識別、名刺を読み取る名刺認識スマートフォンアプリまで、その技術は幅広く応用されている。

画像センサ画像センシング

製品の製造日付などを読み取る画像センシング

自動車のナンバープレートを読み取る画像センシング

自動車のナンバープレートを読み取る画像センシング

そんな諏訪の開発者人生を決定づけたのが、当時業界では初となる技術を搭載した道路交通センサーの開発だった。

道路では交通量、走っているクルマのスピードや車種などを正確に判別して信号を制御したり交通情報板に案内を表示したりして渋滞が起こらないように交通の流れをコントロールしている。
しかし、2次元の画像センシングでは、建物や並走するクルマの影、渋滞などで並んでいるクルマ、道路に反射するヘッドライトなど、刻々と変わる道路状況に追従できないことがあった。

「カメラを2台にして、人間の目と同じように「奥行き」を捉えて距離が測定できないか?」
開発プロジェクトチームの議論の果てに生まれたこのコンセプトに、諏訪は大きな将来性と可能性を感じたという。
人間の目と同じ原理でカメラを2台搭載する方法の実現化を模索しつづけた。

求められるのは、正確な目の機能を果たしながらも、雨風にさらされても正しく動き続ける耐久性、そして、60m先の車両まで捉えられる精度の高さ。

何より諏訪を悩ませたのは、そうした高い性能を限られたサイズで実現しなければならないことだった。人間は、両方の目から入ってくる膨大な情報を瞬時に処理することで、周囲の状況を理解し、さまざまな物体を3次元で容易に認識している。 同じだけの情報量を処理するには、スーパーコンピューターがあっても足りない。
「難しいセンシングをより小さいサイズで」。そんな相反する課題を実現するために、諏訪は、2つのカメラに映る画像から必要な情報を徹底的に絞り込み、奥行きをセンシングする精度を洗練していった。
難しいからこそ挑みがいがある。そんな開発者魂が、困難な開発を前へと推し進めた。

この技術の開発で、昼夜・天候に関わらず97%以上もの高い認識率でクルマを検知できるようになった。
そして、カメラ2台で光を受けて、光の入ってくる径路の違いを手がかりに距離を算出する仕組みを搭載したこの道路交通センサーは、他に真似できないオムロンだけのものになった。

平面の画像を立体に置き換えて認識できる2眼(ステレオ)カメラ

平面の画像を立体に置き換えて認識できる2眼(ステレオ)カメラ

クルマの特徴を抽出している様子

クルマの特徴を抽出している様子

根幹を見極め、高精度に洗練させる

電子部品を立体的に認識し、高さの違いを色で表示

電子部品を立体的に認識し、高さの違いを色で表示

その、オムロンの画像センシングのトップエンジニアともいえる諏訪が最も開発に時間をかけたのが、基板に搭載された電子部品の"はんだ"の形状や接合状態の立体的な識別検査に応用されている3次元画像センシング技術だと言う。
基板検査装置とは、1mm角に満たない大きさの電子部品が数百個も搭載された基板のはんだ付けの状態を高速で検査する装置。

道路交通センサーのように、カメラを2台使って3次元画像センシングするのではなく、1台はカメラ、もう1台は特定の模様を基板に投影するプロジェクターに変更。映し出された模様の微妙な歪みから物体を立体的に認識できると考えたが、またしても、開発は容易ではなかった。

こうした装置に求められるのは、精度とスピード。
1秒間に100回という人間の目では認識できない超高速で模様を切り替えて行う3次元画像センシングを開発。
電子機器の品質に重要な"はんだ"の形状や接合状態を数値で管理し、高速で高品質な製品が生産できるようになった。

電子部品(左)に特定の模様を照射(右)して立体形状を認識

電子部品(左)に特定の模様を照射(右)して立体形状を認識

諏訪が3次元画像センシングの開発を始めてから約18年。
ようやく技術が花開き、装置の応用範囲が広がってきた。3次元画像センシングは、オムロンの核となる技術の一つとなった。

オムロンが生み出した他に追随を許さない画像センシング技術、そこには、小さなコンポーネントの中でハイパフォーマンスを発揮する技術を磨き続けてきたオムロンの強みが詰まっている。

「カメラに映る映像の各画素すべてを処理する必要はない。本当に肝となる情報だけを高速・高精度に洗練させていくこと、これこそがオムロンの画像センシングの本質であり、私たちエンジニアの力が試されるところでもあります」と諏訪は言う。

諏訪

現代はクラウド時代。
スーパーコンピューターを使えば、ビッグデータを集めて膨大な情報を計算・解析することができる。
しかし、ビッグデータを構成するそもそものデータ自体の精度が悪ければ、正確な答えは得られないし、全てをスーパーコンビューターに計算させていては、その場、その瞬間で判断すべき最適なタイミングを逃すこともある。

IoTの肝は、今起こっている現実をいかにデータにして取りだすか、にある。

オムロンは、機器に組み込めるCPUやメモリサイズなどのリソースが限られている中で、いかに「賢く」動作するかを考え、大容量のハードウェアがなくとも、コンパクトで高性能なヒトの目や脳となる機能を埋め込んだ装置を開発してきた。

それは、手のひらサイズの機器として、街や建物、道路や工場、社会のあらゆる場所で活躍し、「機械の目」として機械が考えるための情報を提供している。

手のひらサイズの画像センサーHuman Vision Components

手のひらサイズの画像センサー"Human Vision Components"

「機械の目」は心を、未来を見通せるか?

『機械の目』で見ることで解決できる課題はまだたくさんある。
見えないところをいかにして見えるようにするか。
諏訪は「物理的にみえないところ」だけでなく、「人間の内面」、さらに「時間軸としての、未来」という三つの「見えないもの」のセンシングにチャレンジしているという。

例えば曲がり角の向こう側や濃霧の中から接近する自動車といった、物理的に見えないものをセンシング技術で察知するのはまだ難しい。

一方で人間の内面を見るセンシングも進化

一方で人間の内面を"見る"センシングも進化しつつある。 オムロンではすでにヒトの顔を自動で認識する顔認識技術を開発し、自動運転を支える技術として大きな期待がもたれているが、今後は顔や動作を認識するだけでなく、顔の表情から『疲れているのかな』『眠たいのかな』といった内面に踏み込んで『見る』技術を開発したい」と語る。

ドライバーの挙動や表情から運転集中度を推定する車載センサー

ドライバーの挙動や表情から運転集中度を推定する車載センサー

さらに先を予測する「未来のセンシング」も、いまや夢物語ではない。
ミラーに映った後続車の接近を予測してスピードを上げる、あるいは狭い道を向うから接近してくる対向車の動きを予測して避けるといった、数秒先の近い未来の予測を現実のものにする目処はすでに立っている。

諏訪は、力強く言う。
「開発は困難の連続です。でも壁を乗り越え、世の中に製品が届いたら、たくさんの人が驚いたり、喜んだりしてくれる。社会を自分の技術が変えていく、それをリアルに想像することが日々の開発の原動力です。」

オムロンは、未来がよりよい社会につながっていくように、
先へ先へ、一歩でも遠くの未来を予測する技術を開発していきます。

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