海洋プラスチックごみを減らしたい。その情熱が生んだ包装技術の革新。 ~温度調節器の製品開発を通じてサステナブルな社会への貢献に挑む~

今、海洋プラスチックごみが世界的な問題になっています。海に流れ込むプラスチックの半分が容器や袋といった包材です。このような環境への負荷に対し、世界中の企業がプラスチック製包材を環境に配慮した包材への切り替えに挑戦しています。しかし、包材を加熱して封止する際、新素材ではより精緻な温度制御が必要となるため、従来の技術では温度をあげすぎて包材に穴をあけてしまうなど、包装不良の多さがそれを阻んでいました。このような課題に対し、オムロンは、「海洋プラスチックごみという社会的課題を解決したい」という想いのもと、この包装不良を大幅に削減する革新的な温度調節器の開発に挑みました。

 

海洋プラスチックごみの一因であるプラスチック包材を削減したい

海岸に打ち上げられたペットボトルやプラスチック容器、海中を漂うビニール袋・・・今、大量の海洋プラスチックごみが、世界的な問題となっています。海に流れ込むプラスチックごみの量は、年間800万トン以上。このまま何もしなければ、2050年には海洋プラスチックの累積量は約10億トン、海中のすべての魚の量を上回るという試算もあります。海に流入したプラスチックごみは、生態系を含めた海洋環境にさまざまな悪影響を及ぼします。海洋生物を傷つけ、滅ぼしてしまうだけでなく、海を汚染し、やがては私たち人間の生活や健康をも脅かすことにつながっていきます。

こうした懸念を前に、プラスチックの削減は、世界全体で取り組むべき問題となっています。そのような中、多くの企業が各種容器や包材を従来のプラスチック製のものから紙素材、より薄いプラスチック、あるいは自然環境で分解される生分解性プラスチックなど環境に配慮した素材への切り替えに挑戦しています。しかし環境に配慮した包材への切り替えは、簡単ではありませんでした。それは、新しい包材の熱に対する反応性が従来のプラスチック製包材と異なるためです。通常、商品を包装する際には、熱で包材を接着して密封します。しかし紙の包材は熱が伝わりにくく、反面、薄肉化したプラスチックや生分解性プラスチックは熱耐性が低いため、従来と同じ包装機では、包材を環境に配慮した素材に替えた途端、うまく接着しなかったり、熱で縮んでシワができたり、焦げたり溶けたりするなど、包装不良が多発。多くの企業で包材の変更を阻む原因となっていました。

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この問題に着目したのが、温度調節器の商品企画で、当時開発を担当していた商品事業本部コンポ事業部の西出美穂でした。オムロンは、50年以上にわたって、多様な業界向けに温度調節器を開発・製造してきました。現在、市場シェアは世界でもトップクラスを誇っています。「オムロンの技術を通じて環境に配慮した包材の導入を後押しすることで、海洋プラスチックごみという社会的課題を解決したい。」その想いで温度調節器の開発に乗り出しました。

 

包装不良を解消する温度調節器の開発に挑む

一般に自動包装機は、商品が袋に充填されると、シールバーと呼ばれる高温に熱した金属バーで袋の口を挟んで接着する仕組みになっています。重要なのは、このシールバーの接着面の温度を適正に保つこと。温度が少しでも低すぎたり、あるいは高すぎたりすると包装不良が発生します。「私たちは、包装時の接着面の温度変化を従来の1/10にすることを目指しました。」と西出。50年に及ぶ歴史とナンバーワンの温度制御技術を持つオムロンにとっても、これは想像以上に難しいチャレンジでした。

適正温度に設定しているにもかかわらず、なぜ包装不良が起こるのか。最初はそのメカニズムさえわかりません。「オムロンの技術では解決できないのではないか」、「包材料は、材質、厚み、層数などを考えたら数万種類に及ぶ。そのすべてに対応するなんて無理だ」・・・開発メンバーの葛藤は日に日に大きくなっていきました。それでも諦めず、開発を続けた原動力な何だったのでしょうか。西出はこう語ります。「温度調節器の性能やスペックを追求することが目的ではなく、その先に海洋プラスチックごみという社会課題を解決し、地球社会に貢献するという大きな目標があったから。この課題を解決できるのは、私たちしかいないという使命感が、数々の葛藤を乗り越える力になりました。」

そうした開発メンバーの想いが共感の輪となって周囲に広がっていきました。「他部署の社員など社内にも仲間が増えていっただけでなく、これまで当社の包装機向け温度調節器をご購入いただいてきたお客様が惜しげもなく包装機のメカニズムや自社で接着不良が起こる条件を教えてくださいました。その数は実に82社にものぼります。」
解決策を突き止めるために参考にした文献や論文は延べにして1,437ページに及びました。包装機に関する知識が不足していたことから開発部門内に袋包装機を設置して完全な包装ラインを再現。延べ10km以上もの包材を使って繰り返しシール実験を行い、技術知見を蓄えました。

 

温度を精密に制御し、温度変化を1/10に抑える技術を開発

そしてついに接着不良が発生する原因を突き止めました。シールバーで包材を挟んだ時に接着面の熱が奪われ、温度が下がっていたのです。この問題を解決するには、まずシールバーの接着面の温度を正確に測定する必要があります。高速で動いているバーをセンシングし、リアルタイムで温度を把握するのは容易ではありません。従来の包装機用温度センサーは、耐熱性などの問題からシール面から離れた位置に設置されていたため、シール面の温度を正確に測定できませんでした。そこで西出らは、センサーの材質や構造を一から見直し、耐熱性を高めるとともに、高速で動くバーに対応できるよう応答性を向上。シール面の温度を正確に測定することに成功しました。

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しかし温度を測定できるだけでは不十分でした。その上で高速で変動する温度を制御し、ぶれなく一定に保つ必要があります。そのために温度制御アルゴリズムを改良することに加え、AI技術も導入。温度変動に従って自動でパラメータを調整し、温度を精密に制御することを可能にしました。

高速で動く中でもシール面の温度をリアルタイムにセンシングする技術と、温度を精密に制御するために自動でパラメータを調節する技術。この二つを磨くことで、どんな包材に替わっても接着面の温度変化をわずか1/10に抑える革新的なアプリケーションが完成しました。2018年、このアプリケーションを搭載した「AI温度調節器」の発売を開始。「完璧な包装」を実現することから、いつしか「Perfect Sealing(パーフェクトシーリング)」と呼ばれるようになりました。

 

世界中でプラスチック包材削減に貢献する「Perfect Sealing」

「Perfect Sealing」は、お客様に大きな驚きを持って迎えられました。「それまで一度もオムロン製品を採用していただけなかった世界的な企業にも初めて導入。最大で8℃以上もあったシーリング時の温度変化をたったの0.7℃に抑えられるようになったと喜びの声をいただいています。」と西出は言う。

「Perfect Sealing」をもっとたくさんのお客様に知っていただき、世界中の包材をプラスチックから環境に優しい素材へと変えていきたい。その想いから、本物の高性能包装機を持ち運び可能な20分の1サイズでリアルに再現したデモ機も製造。オムロングループの仲間がヨーロッパや東南アジア、アメリカなど世界中のお客様のもとでその性能を実際にお見せし、価値の伝達を図っています。もし「Perfect Sealing」搭載温度調節器の総売り上げ台数分の包装機が、従来のプラスチック製包材から環境に優しい包材に切り替えたとしたら、約100万トンものプラスチックごみの削減に貢献した計算になります。包材の長さに換算すると実に1,858万kmに及びます。

しかしオムロンの挑戦は続きます。袋包装だけでなく、さまざまな形態の包材にも対応を拡大したい。さらには製造プロセスのまったく異なるペットボトルやスティック包装など他の品目への展開も可能にしたい。すでに新たな開発が始まっています。

「温度調節器と海洋プラスチックごみ問題。一見かけ離れているようなところにも、突き詰めれば私たちが解決すべき社会的課題はたくさんあります。」と西出。これからもあらゆる部門で社会的課題を見出し、自らの技術を活かしてその解決に力を尽くしていきます。

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