私たちを助けてくれるこれからのAIとロボット

「AI」という言葉を日常的にもよく目にするようになった昨今。言葉だけがひとり歩きして、実際に「AI」とはいったい何なのか、しっかりと理解できてない人も多いはず。そこでAI技術のキーパーソンに「AIとは何か」インタビューを通して解説していきます。

2回目はオムロン サイニックエックス*¹でロボットとAIを組み合わせた研究をしているフェリクス・フォン・ドリガルスキーさんをキーパーソンに迎え、ITジャーナリストの弓月ひろみさんがインタビュー。SFのような世界が来るようでなかなか来ない、ロボットとAIが現在直面している課題についてお聞きしました。

(記事本文の内容を一部わかりやすい表現に加筆修正しました。)

*¹ オムロンの考える"近未来デザイン"を創出する戦略拠点。
https://www.omron.com/sinicx/

シリーズ一覧
第1回:すでに私たちのそばにあるAI[前編][後編
第2回:私たちを助けてくれるこれからのAIとロボット
第3回:AIやロボットが進化した近未来、人はより「人らしく」生きられる[前編][後編

 

AIが「人間と似た感覚」を学習しロボットはさらに進化

弓月ひろみ(以下、弓月):今回のテーマは「ロボットとAI」ということで、私はロボットと聞くと両手と両足があって、何か受け答えができるSFの世界に登場するロボットをイメージしますが、そもそもロボットに定義はあるのでしょうか?

フェリクス・フォン・ドリガルスキー(以下、フェリクス):ロボットといっても、さまざまな定義があります。映画やテレビでは、ロボットが私たちに話しかけてきて、ほとんど人間のようになっています。そのような中で今、最も普及しているのは、6つのジョイント(関節)で人間の腕のような動きを再現した、工場などで稼働している「アーム型」の産業用ロボットですね。

技術的な観点からみれば、自動的に動くものはすべてロボットとも言えます。自分たちの身近にある洗濯機やスマートフォンだってロボットと言えるかもしれません。私の感覚では、自動的に自分の体を動かせたり、周りに働きかけて環境を変えたりできるものはロボットだと考えています。

312_1.jpgオムロンサイニックエックス フェリクス・フォン・ドリガルスキー

弓月:いまロボットを使った技術でどんなことまでできるのでしょうか?

フェリクス:これも難しい質問ですね。ロボットが物理的に何かできる、例えば何かを掴んで移動させるといったことは、先ほどの産業用ロボットで実現できています。ロボットは、まったく同じ動作を何百回、何万回も高精度で繰り返すことは得意なんです。それどころか、人間よりも大きなパワーで、より速く、正確に動くことができます。しかし、現在のロボットは、人間が指示したとおりにしか動いてくれません。

では、何が苦手かというと、1つめは不測の事態に臨機応変に対応することです。
今のロボットは、人間が日々の生活の中で蓄積している「当たり前の判断力」を持っていないので、指示されたことを忠実に実行することしかできません。なので、よほど綿密なプログラムを組まない限り、人間であれば絶対に起こさないようなミスをします。
例えば、人が手から物を落としたとき、人は立ち止まってそれを拾いますが、ロボットは落としたことにさえ気づかないかもしれません。人間だと、物を落としたときにどうすればいいのかを教えてもらう必要はありませんが、ロボットはそれを教えてもらう必要があるのです。

2つめは、プログラミングするのが難しいロボットの動作を再現することです。つまり、人間が言葉で説明するのが難しい、感覚で行っているような動作のことです。
例えば、誰かに自転車の乗り方を教えるときに、どこまで言葉で説明できるでしょうか。最終的には自分でやってみて、バランスを感じながら覚えてもらうしかありません。
他にはプーリー(滑車)にゴムを装着するという動作。人間は「このゴムをこの2つのプーリーにかけてください」と指示されれば、いともたやすく行いますが、ロボットに動作させるためにプログラミングだけで行おうとすると、とても複雑になります。ゴムごとにばらつきがある中で、ゴムひとつひとつの強さが分からないですし、どのくらいの強さでゴムを持てばいいのかを把握して、そのゴムをどこに引っ掛けてどのように引っ張ればいいのかを、言葉で説明・記述する=プログラミングするのは非常に難しいですよね。人間は、手をどのように動かせば良いのかをこれまでの経験から学んできたので知ってはいますが、この細かい動きを言葉で説明できますか?このように「やってみせるのは簡単ですが、口では説明しにくい」動作というのは日常生活のなかに溢れています。

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弓月:現在のロボット技術が抱える課題に、AIが組み合わさることでどのようなことができるようになるのでしょうか?

フェリクス:さきほどお話ししたロボットが苦手としている2つのことを克服できるようになります。まず、ロボット自身が自分の感覚を上手に使えるようになることで「言葉やプログラミングでは教えにくい動作」をロボットに簡単に教えられるようになり、ひとつひとつの細かい動きを教え込まなくてもロボット自身が学習して動作を実現できるようになります。そして、ロボットは人間が持っている「当たり前の判断力」を養うことで自分を取り巻く環境をより理解でき、環境の変化に柔軟に対応できるようになると思います。

言葉では説明が難しい動作でも、人間と似た感覚を持ち、環境を理解して、ロボット自身が学習できるところにAIを活用できればロボットはいろいろなことを実現できるようになると思います。

弓月:そうしたロボットとAIの組み合わせを実現するには、どんな技術の進化が必要なのでしょうか?

フェリクス:1つめは、ロボットが人間のように感覚をセンシングできる技術を搭載し、人間の五感のようなさまざまな感覚情報から周囲の環境や状況を理解して次の動作を決める技術です。
これまでのロボットは主に取り付けられたカメラ画像から、ロボット自身の周囲環境をセンシングしていますが、そこでは人間の目(視覚)にあたる器官から得た情報と、ロボットの身体部分(モーターや関節などの駆動部)との連携がほとんどできていませんでした。他の人が見た視覚情報をもとにロボットは、指示を受けて動作しているような状態です。例えるなら、目隠しして掛け声を頼りに行う、スイカ割りみたいな感じですね。そこで、必要となるのが触覚センシングや視覚センシングなど複数のセンシングを組み合わせて、相互のセンシング情報を補完して、ロボットの動作にフィードバック制御する技術なのです。

2つめは人間が実際に行う動作から自らの動作を学習して、どのような身体性をもったロボットでも動作を再現できるようになる技術が必要となりますね。
これを実現させるための試みとして、人が実際の動作を目の前でやって見せ、それをカメラで撮影した映像データから取り込んでAIに学習させます。ただし、人間とロボットでは身体の機能・構造(筋肉とモーター、関節の数、皮膚の柔らかさなど)がまったく違うので、ロボットがそのまま人間と同じ動作を再現することはできません。人がやって見せた動作から重要な部分を見極めて、正しい動きを学習して、ロボットが身体性に合わせて再現させるところが難しいです。

オムロンサイニックエックスでは、これらの技術を実現させて、社会実装するための研究を行っています。

弓月:研究のなかにおいても、人間の感覚や動作をすべてロボットに機械学習で身に付けさせるというのは時間もかかって、なかなか難しいのでは?

フェリクス:そうですね。おっしゃる通り、一連の動作の中での細かい動き、人間が感覚で行っている動作をすべてロボットにプログラミングで教えるとなると膨大な時間と手間がかってしまい、実現させるのは難しいです。そこで私たちは、ロボットに簡単なやり方を教え込み、シミュレーション上での訓練によって学習し、改善していくというハイブリットな方法でアプローチしようとしています。そのなかで、私たちは機械学習の技術を活用して研究をしています。

これを具現化するための実験の一つとして、私は、ジャグリングの「ディアボロ(中国ゴマ)」をロボットアームに学習させて、動作を実現させるという研究をしています。こういった動作は人間が習得する場合でも、コマを回すにはどのようにスティックを持って、どのように動かせば良いのかなどを言葉で説明するのは難しく、上手な人のお手本をみた後、実際にやってみるのが一番です。

312_3.png人とロボット間でディアボロを投げ合う様子

なので、ロボットに物理法則をもとにしたシミュレーションモデルを組み込み、人間がやって見せた状態をAIで学習させます。そして、カメラ画像や力覚センサーを使って人間と同じ感覚をセンシングできるようにします。
私たちはロボットが自分で学習して、この難しい動作を実現させていく、一連の学習プロセスを作り出す研究をしています。「強化学習」や「転移学習」と呼ばれるプロセスの中で、ロボットに人間の動作を再現させ、新しい戦略を考え、それを適用してより複雑な動きを再現し、その結果を評価するなどを通じて少しずつ進化させながら、検証を進めています。興味深いのは、ゴールが徐々に複雑になっていくことです。以前学んだ技術をロボットが忘れないようにすることはできるのか?他の技をどこまで習得できるようになるのか?など広がりを見せています。

 

「なんでもできる」ロボットが家にやってくる!?

弓月:産業用ロボットの場合ですと、そういった学習が進むことでどのような作業や動作が得意になるのでしょうか?

フェリクス:現状ですと、自動車の組み立て工程が最もロボットを使って自動化されていると思いますが、その現場でさえ、柔らかいものや形が変化しやすいものを扱う場合は、ロボットではなく人間の手が使われているケースがほとんどです。例えば、自動車用シートの製造工程では布は、触る強さによって形が簡単に変わるので、微妙に動作を変える必要があり、人が手作業で組み立てをしています。これまで人間の勘や感覚で行っていた作業でも、一つ一つを学習させることができれば、ロボットとAIが組み合わさって進化する未来のなかで、最初の使われ方になるんじゃないかと思います。

弓月:私たちの暮らしの中にあるAIロボットといえばロボット掃除機が身近ですが、これ以外ではどうでしょうか?

フェリクス:ロボット掃除機もAIを搭載して動作しているロボットの1つですね。ただ、AIを搭載したものはまだ多くありません。現在、家庭内の作業は洗濯機だったり食洗機だったり、ある程度単機能で多くの時間を必要とする仕事はかなり機械で代替されています。いまよりもさらにロボットが家庭内に浸透するには、ロボット×AIで必要となる2つの技術に加えて、3つめに必要となるのが周囲環境・状況を推定するAIです。
例えば洗濯物をたたむロボットというのは、世界中で研究されているわけですが、実現には至っていません。自動車用シートの革や布を扱うのと同じように、ロボットにとってものすごい数の種類、さまざまな形や素材の衣類を判別して最適な状態にたたむのは極めて難しい動作となります。人間にとっては、シャツでもセーターでも「たたむ」というのは簡単そうにみえますが、ロボットにとってはどこを掴んでどう動かせば最適な状態にたためるのかが分からず、非常に難しいのです。人間がさまざまな種類の服のたたみ方をやってみせてロボットに教える、またプログラミングすることは不可能に近いのですが、この手順を学習する「AIモジュール」ができたら、期待が高まると思います。
くわえて必要となるのは、あいまいな目的(=ゴール設定)を理解する「AIモジュール」です。つまり、目的が曖昧な作業をどう定義して実装するかです。例えば、服をたたむというゴールは共通でも、セーターとスラックスでは美しくたたまれた状態(ゴール)が微妙に異なります。コップを棚におくという動作も、ただ単にきっちり同じ場所におくことだけを必ずしも求められておらず、同じ棚に並べられているほかの食器を含めてきれいに並んだ状態が目的(ゴール)達成となります。これらの情報を体系化させていくというところは、まだまだ難しい研究課題となっています。

これらの技術が強化されて組み合わさっていくと、ロボットが掃除、洗濯物、片づけができマルチに活用できる存在になるはずです。そうなれば、私たちの家にもロボットが入ってくるのではと考えています。

家庭内での作業について、すべてのピースやタスクが解けておらず、ロボットに教え込むのには時間がかかりすぎるので、ロボットによる自動化はまだ難しいです。ただ私たちの研究でやっているように、AIを使ってロボットが人間の行動をみて、人間の感覚を学習し、自分自身の置かれた環境を理解できるようになれば、移動式のロボットアームのような製品が家庭内にも導入されていくんじゃないかと。その先にはSFやアニメに登場しているようなロボットも実現できるかもしれませんね。

[まとめ]
ロボットが苦手なことをAIによって克服することで、日常生活でもロボットが活躍できる。ロボット×AIにはそんな相乗効果があるようです。ロボットがマルチに活用する世界まで、ハードルはまだまだありますが、そう遠くない未来という感じですね。

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【プロフィール】
オムロン サイニックエックス株式会社
ロボティクスグループ
シニアリサーチャー
フェリクス・フォン・ドリガルスキー
2013年、KIT(ドイツ)とINSA Lyon(フランス)を同時卒業(Dipl.-Ing. と Ingenieur diplômé[機械工学])。2018年、奈良先端科学技術大学院大学のロボティクス研究室を卒業(博士[情報])。AIST, Siemens, ThyssenKrupp などでの職務経験を経て2018年10月より、オムロン サイニックエックス株式会社のシニアリサーチャーに就任、現在に至る。主として、ロボットマニュピレーション、プランニングおよび自動組み立て操作などのロボティクス研究に従事。

ITジャーナリスト
弓月ひろみ(ゆづき・ひろみ)
iPad仕事術など、Apple関係の記事執筆のほか、海外テック情報を動画でリポート。iPhoneケース専門家として「マツコの知らない世界」等に出演。YouTube「ガジェタッチ」配信中。

人の知見を機械に組み込む「Sensing & Control + Think」技術。

この技術の最新動向をお届けします。

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