プロゲーマーが追い求める、理想のゲーミングマウスを目指して

人が心地よいと感じる感覚は正確に再現できるのか?

世界での競技人口が1億人を超え、急拡大しているeスポーツ。「eスポーツ」とはコンピューターゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉えるもので、プレーヤーの年齢や性別を問わず、必要な機器があればプレイする場所も選ばない手軽さから世界中に普及しています。近年では大規模な大会が開催され、プロゲーマーと呼ばれるプロ選手も数多く存在しています。eスポーツではゲーム用のキーボードとマウスをキャラクターの操作などのために使用しますが、その際に重視されるのがプレーヤーの意のままに反応する正確さと心地よい操作感です。今回は、人の感覚や感性を読み解き「理想のクリック感」の実現に挑戦する、オムロンのエンジニアの取り組みについてご紹介します。

マウスのクリック感がeスポーツの勝敗を分ける?

eスポーツにおいて、プレーヤーは状況に応じて、即座に反応するために、より素早く、より繊細に、より正確に操作する必要があります。これを支えるのがゲーム用マウス(ゲーミングマウス)です。そのため、プロゲーマーをはじめとしたプレーヤーはマウスの形状や重さなどとともに、ボタンをクリックした時の操作感(クリック感)に非常にこだわっており、マウスを選ぶ時の動機のひとつになっています。プロのスポーツ選手が道具に細心の注意を払うように、プレーヤーにとってマウスはバットやラケットなどと同じく、ゲームの勝敗を分ける重要な道具なのです。そして、プレーヤーが重視するクリック感は、「マイクロスイッチ」という電子部品によって左右されるのです。

では、マイクロスイッチはマウスのどこで使われているのでしょうか。マウスのボタンの下にマイクロスイッチは配置されており、ボタンをクリックすると、マイクロスイッチに設置されている突起が下に押されます。これにより、スイッチの接点が電気回路を開閉することでON/OFFの操作が完了します。この際に突起を押す感触がマウスのクリック感となるのです。プレーヤーたちは「キレがいい」「重い・軽い」などといった言葉で、クリック感触を評価しています。

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マウスに組み込まれたマイクロスイッチ

作り込んだクリック感が評価されているオムロンのマウス専用マイクロスイッチ

オムロンとマウスの関係は、30年以上前にさかのぼります。

オムロンは、1943年に日本初の国産マイクロスイッチを開発して以来、小型で耐久性があり、動作にばらつきの少ない高品質な産業用マイクロスイッチを提供してきました。そして、このスイッチは、コンシューマー向けマウスが登場し始めた1980年半ばに、マウスに使われるようになりました。当時からオムロンのマイクロスイッチを用いたマウスはクリック感が良いと好評でした。

そこでオムロンは、クリック感にこだわったマウス専用マイクロスイッチを1990年代後半に開発しました。

当時のオムロンのエンジニアは、開発にあたり、ユーザーのこだわるクリック感とは何なのかを調査しました。そして、クリック感が、マウスをクリックしてスイッチが反応するまでのストローク(押し込む深さ)と、クリックする際の力の強さ(荷重)との関係で作りだせることを突き止めました。

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ストローク(横軸)と荷重(縦軸)の関係を表したグラフ

その後、大手マウスメーカーと協力し、ストロークと荷重の最適なバランスを実現したマウス専用マイクロスイッチは、クリック感にこだわるユーザーから大きな支持を集めるようになり、様々なマウスに採用されるようになりました。

オムロンの新たな挑戦。
当たり前からの脱却で、プロゲーマーが追い求める理想のクリック感の実現を目指す

近年、eスポーツの急成長に伴い、マウスのクリック感への要求も多様化しています。従来の「重い・軽い」だけでなく、「キレがいい」や「高級感がある」、「重厚感がある」といったさまざまな押し心地のよさが求められるようになったのです。このような要望は、具体的な数値で示されるわけでなく、人の感覚をもとにした、あいまいな言葉で伝えられます。つまり、人の言葉をもとに「理想のクリック感」をマイクロスイッチで実現していくことが開発者には求められるのです。

そこで、オムロンスイッチアンドデバイス 技術開発グループの尾添功たちのチームは、理想のクリック感を実現するスイッチ開発プロジェクトを2016年から始めました。ところが、このプロジェクトの最初の大きな障壁となったのは、過去から培ってきた成功体験だったのです。尾添たちは従来からの開発方法に従い、ユーザーが「クリック感が心地よい」と評価したサンプルをもとに、そのサンプルのストロークと荷重の関係を機械的に再現した検証装置を製作しました。しかし、その装置の押し心地は、ユーザーが評価したサンプルの押し心地とは全くの別物だったのです。

尾添は、当時を振り返り、「いま思うと自分の勘と経験と思い込みだけで装置を作っていました。従来からずっとやってきた測定方法をベースに作成した装置なので、当然スイッチの押し心地を再現するものと思い込んでいました。完成した装置を実際に操作してみて、押し心地が、実際のスイッチとまったく違ったときは、何が起きていているのか?分かりませんでした。装置のスペックが足りないとか、駆動方式が悪いとか考えて何度も装置を作り直したのですが、結局ほとんど改善しませんでした。けっこうショックでしたよ。」と話します。

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オムロンスイッチアンドデバイス 技術開発グループ 尾添功
(所属部署は開発当時のものです)

尾添たちは、議論を重ねた末に、人の指の感覚に焦点を当てたクリック感を測定する手法を考案することに至りました。

「当時の私たちは、どんな装置を作るのか? ばかりに目がいっていました。メカ設計者の性ですね。ある日の議論中、メンバーの一人がふと『人の指はどのようにクリック感を感じるのだろう?』と言い出しました。まさに『目から鱗』というやつです。装置で再現することばかり考えて、肝心の感触、特に『人の指』が感触をどうやって認識しているのかを全く考えていませんでした。基本に返って人が感触を感じるメカニズムから調査し直す必要にやっと気が付きました。」と尾添は言います。

尾添たちにとって、人の指は全く未知の分野でしたが、指の感触についての専門書や論文を読み込んだり、大学の教授から人の感覚のメカニズムについての教えを乞うなどして知見を集めました。そして、クリック感は指先の触覚だけでなく、視覚や聴覚などの五感で感じていることを突き止めたのです。

そして開発された人の五感を取り入れた測定方法では、従来の手法では測れなかった「キレがよい」や「重厚感がある」といった押し心地の違いも測定できるようになったのです。

「人の感性に関する研究は最近になって発展した分野であり、まだまだ分からないことばかりです。日々試行錯誤の繰り返しです。それでもチームメンバー全員が、あきらめずにこの非常に難しい開発に取り組み続けているのは、人の感覚を正確に測定すること、そしてそれを再現することが、これからの社会の役に立つと本気で信じているからです。

最近はVR(ヴァーチャル・リアリティ)の発展が目覚ましく、仮想の感触を再現するデバイスがたくさん発表されていますが、リアルな感触とは何なんのかをハッキリさせることが今後のVRの普及の鍵になると考えています。このマイクロスイッチの開発は、ヴァーチャルとリアルを結びつけていく取り組みの第一歩にしたいと考えています。」と尾添は、プロジェクトにかける意気込みを語ります。

また同じグループでデータ解析を担当する白石はこう話します。

「マウスに限らず、人が操作するものには必ず感触があります。今後はマウスで得た操作感のノウハウを人が操作するさまざまなデバイスに展開していきます。五感が心地よいと感じる操作感を設計できるようにし、理想の操作感触を自在に作り出せるように展開していきます。」

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オムロンスイッチアンドデバイス 技術開発グループ 白石理恵
(所属部署は開発当時のものです)

オムロンの人の感覚を再現する挑戦は、これからも続いていきます。

人の知見を機械に組み込む「Sensing & Control + Think」技術。

この技術の最新動向をお届けします。

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