「道具型」から「自律・汎用型」へ 人間の良きパートナーとなるAIへの進展

AIの話題が、毎日のように一般メディアやビジネス専門誌を賑わせています。たとえば、「AIが人間の仕事を奪う」、「AIで病気の診断を効率化」、「AIが子どもの学習をサポート」など、そのデメリットとメリットが入り混じった言葉が並んでいます。人工知能(AI)とは、文字通り「人工的に作られる知能」という意味ですが、その実態は曖昧で、よくわからないという人も少なくないでしょう。
ここでは、そうした疑問を払拭する一助として、オムロン サイニックエックス株式会社の技術顧問で、慶應義塾大学理工学部の教授、および電気通信大学人工知能先端研究センターの特任教授でもある栗原 聡が、AIの現状と今後の進展について俯瞰します。

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オムロン サイニックエックス株式会社技術顧問、慶應義塾大学理工学部教授、
および電気通信大学人工知能先端研究センター特任教授
栗原 聡

次世代情報化社会の一翼を担うAI

まず、明らかなことは、次世代の情報化社会において、AIが欠かせない存在になるという点です。いわゆるIT(情報技術)やIoT(ネット接続されたデジタル機器が連携するモノのインターネット)と同様に大きな役割を担い、それらと連携するAIの重要度が高まります。

また、これからの社会に求められる次のような要素は、多様な情報が交錯する中において人の手のみでは対応しきれません。身近なところでは、デジタル空間での安全性を確保するためのサイバーセキュリティや、少子高齢化社会で不足する労働力や弱者への支援、災害や老朽化したインフラで生じる種々の問題に耐えるレジリエンス(困難に適応可能)な社会基盤の構築などです。

現在の社会では、デジタル技術を利用していても、実際には人間が自らアプリケーションにアクセスして情報を入手・分析し、使っているというケースが多く見られます。例えば、カーナビを利用したドライブ、人の操作・管理の下でロボットが製造を行う工場などです。

こうした作業や処理において導入されるAIは、人間が道具として利用する「道具型のAI」という位置づけになります。この種のAIには「機械学習」が多く使われ、目的や用途に応じて読み込ませた大量の情報を解析して特徴やルールを導き出し、それに基づいて新たなデータに対する処理が行われるようなイメージです。

これに対して、これから実現すべきAIは、フィジカル(現実の)空間からセンサーやIoT機器を通して収集されたビッグデータの解析をエッジやクラウドで行い、付加価値の高い情報や処理を再度フィジカル空間にフィードバックするものです。つまり、AIがフィジカル空間にいる私たちと共生する必要があるということです。そのためには、AIが自ら考えて様々な状況に対応できるように自律性や汎用性を持たなければなりません。たとえば、高い自律性を持つ自動運転車や、需要予測に基づくも、動的な状況の変化にも対応できる完全自動生産、人の判断を高度にサポートするAI(医師への診断結果のアドバイスなど)などは、こうした「自律・汎用型のAI」によって実現されるといえるでしょう。

また、既存のAIは、スマートスピーカーの例などからわかるように「いつでも、何処でも、誰とでも」という「ユビキタス(遍在する)型」だといえます。しかし、今後は「今だから、ココだから、あなただから」 という言葉に象徴されるような、存在を感じさせずに人に寄り添いつつ必要に応じて能動的に機能する「アンビエント(環境)型」になっていくのです。

人間中心であるべき、これからのAIの姿

その際に、人間にとって一番自然と思われるAIとのやり取りのヒントは、人と人とのコミュニケーションにあります。例えば、工場などで活躍している産業用のロボットが、そのまま人の生活に導入されてしまうと、自宅や会社に工事用の重機が来て動いているような違和感を覚えるでしょう。そうではなく、これからのAIとのやり取りは、一般的な家族との会話や会議での同僚との意見交換のように、違和感を覚えずに行えることが理想といえます。そして、よく気が利くパートナーのように、AIも細やかな気配りや豊かな感情表現ができ、場の空気を読んでヒントや提案を出してくれるようになるべきなのです。

もちろん、それは簡単な処理ではありません。なぜなら、今のところ人間とAIでは、情報への接し方が根本的に異なるからです。つまり、人間は自ら目的を設定し、それを達成するうえで足りない情報があれば取りにいきますが、現在のAIはそのような情報への渇望感を持ち合わせていません。そのため、必要と思われるデータや新しい情報を人間が準備し、AIに学習させているのが現状です。AIが、人間のように能動的なデータ収集を獲得するには、目的意識が欠けているといえるでしょう。

この点に関して、AI開発の最新の方向性は、AI自身に目的を設定すると共に、それを実現するためのプラニング能力や、必要とされる知識を集める能力を与えるというものです。そして、こうした目的や能力に基づいて行動や対話をフィジカル空間で行なった結果を評価し、再び目的にフィードバックするというループを確立します。もし、このようなAIを作ることができれば、人間とAIが共生し、互いに協力しながら新たな未来を作り出していくことも可能となりそうです。

コーディネーター育成とマネジメント層の推進で停滞感打破

AIは過去に2度、大きなブームに湧いては期待が外れ、冬の時代を経験してきました。そして、今回の3度目のブームは、日本では5年ほど前から、学会や業界において漠然とした期待感と共に盛り上がってきました。そのときには、世の流れに乗り遅れまいと取り組む企業が多く見受けられました。

ビッグデータの利用促進や、画像処理用のGPU(グラフィック・プロセシング・ユニット)の性能向上とAI処理への応用、AIの学習能力を進化させるディープラーニング(深層学習)の発達によって、より現実的なAIの応用分野が見出されたことがブームの中身です。顔認証、異常検知、パターン認識、自動識別などの領域でAIが効果的に使われだし、それまでモヤモヤしていたAIの正体が、先に挙げた「機械学習」であると認知されるようになりました。

しかし、そうした動きもひと段落した現在、祭りの後のような停滞感も見られています。巨額な投資が行われているにもかかわらず、もしも、それに見合う成果が得られなければ、再び表舞台からAIが消えてしまうような状態になりかねません。

しかし、技術的な興味が先行していた直近2回のブームとは違って、今回は、実用性があることがわかったうえでの開発競争となっています。そのため、今後表舞台からAIは消えること無く、当たり前のようになり、むしろ我々に寄り添ったAIが出てくる可能性が高まっています。
ただし、実際のビジネス的な成功には、研究開発と現場の密接な協力体制の確立や、基礎研究・研究開発で作られたAIを現場でテストし、すぐにフィードバックするというサイクルを回しながら進化していくという共進化的な問題解決方法の立案が不可欠といえます。
この観点から必要とされるのは、開発と現場の間に入ってスムーズなコミュニケーションや調整を担うコーディネーター的な人材、および、迅速に意思決定をしながらも、AI開発の特性を理解して強い信念と忍耐力でプロジェクトを推進できるマネジメント層です。

人間とAIの歩み寄りで築く、よりよい未来に向けて

そして、今後登場するであろう自律型・汎用型AIは、状況や環境の変化に強く、高い即応性を持つ生物と同じような、自律分散型のアーキテクチャとして構築されるものと考えられます。一方で、AIではフォローできない領域の能力を人間が補うことで、AIを助け、その能力を最大限に発揮させられるようになるでしょう。具体的には、共感力や創造力、点在する情報をつなぐ文脈の理解力、人と人とのネットワーク形成力などをカバーしていくことが、人間とAIとの共生社会の実現を近づけます。その際に企業は、現場からのボトムアップ的なアプローチと、経営陣のトップダウン的なマネジメントをバランス良く組み合わせて、「自律・汎用型」のAI開発を成功に導くことが求められているのです。