ビジョナリーの視点 -オムロン創業者・立石一真の思考から紐解くイノベーションと企業経営

第一話 苦節の中から天職を見出した一真

オムロンは、かつて「立石電機」として知られていた企業です。世界で初めて全自動感応式の電子信号機や、自動改札機・券売機などによる無人駅システムを実現し、その後も一般に馴染み深いヘルスケア事業をはじめ、制御機器、電子部品、社会システムなど、多岐にわたる事業を行うオムロン。その生みの親である立石一真も多才な人物であり、常識にとらわれず新しい価値を生み出し続けた技術者であり経営者でした。

家族ぐるみで親交のあった現代経営学の父・ピーター・ドラッカーは一真をこう称しています。「徒手空拳で企業を興し、技術において世界的なリーダーになっただけでなく、その才能、人間性、博識、そしてビジョンにおいて優れていた」。

一真の行動の根底にあったのは、何をするにも「社会のお役に立とう」という確固たる信念です。そのための探究心は、文学や演劇をはじめ、音楽、絵画、医学、スポーツ、食にいたるまで幅広く向かい、それぞれに一家言を持つ「人生の達人」でもありました。

本連載では、これから8回にわたり、気骨にあふれた技術系経営者であった立石一真が、のちにオムロンとして世界に羽ばたく立石電機を起業し、自らも成長しながら理念と起業哲学を確立していった背景を、世界初の自動改札開発の背景や、長期に発展する企業にとって欠かせない社憲(企業理念)の制定などのマイルストーンを交えて紐解いていきます。

第一回目の今回は、その入り口として、立石一真の人となりや起業の背景をご紹介します。

責任感と好奇心に導かれた幼少時代

一真が生まれたのは、今から120年前の明治33年(1900年)9月20日のこと。九州は熊本城の近くで伊万里焼盃の製造販売を営んでいた、父・立石熊助、母・立石エイ夫妻の長男として誕生しました。

祖父の商才のおかげで裕福な家庭でしたが、その他界によって商売は落ち目となり、さらに追い討ちをかけるように、一真が小学校1年生の終業式を終えてすぐに、父も亡くなります。しかし、気丈な母は下宿屋を開業して家族を養い、一真も新聞配達をして家計の足しにしたそうです。

この時期は、確かに生活が貧しく苦労の連続でしたが、物ごとを前向きに捉える一真少年は、すべての経験を人生の糧と考え、「人生とはこういうものだ」と楽観的に過ごしたといいます。その根底には、躾(しつけ)に厳しかった祖母から教えられた人生との向き合い方や、幼いながらも父亡き後を戸主として様々な行事をこなしていった経験から培われた独立心と、逆境をはねのける反骨の肥後もっこす精神が息づいていました。

また、好奇心が旺盛でやんちゃだった一真は、ときに母をハラハラさせましたが、財布を落とせば「怪我せずよかった」、怪我をすれば「骨折せずよかった」と、常に大事に至らなかったことを喜ぶ母の慰め方に触れるうち、常に物ごとに動じず対処する素養が身についていったのです。

そして、家族を支えながらも遊ぶときには思い切り遊ぶことで、英気を養いました。のちに一真は、「幼い日々に思う存分遊んでこそ、人脈は広がり、ロマンは育ち、そのこころの襞(ひだ)が創造(想像)力を生み出す基となる」と述懐しています。

紆余曲折を経て天職の電気関係の起業へ

小学校を首席で卒業した一真は、中学で数学と英語に打ち込みました。すると、当時はまだ翻訳本が少なかった海外の技術書を原書で読破できるようになり、先端的な電気工学や化学の知識が身についていきます。

一真が、社会人としての第一歩を踏み出したのは、大正10年(1921年)。熊本高等工業学校の電気科を卒業し、兵庫県庁に電機技師として就職した後、翌年には株式会社 井上電機製作所へ。そこでアメリカで開発された「誘導形保護継電器」*1の国産化に取り組み、このとき身につけた技術が、オムロン創業の基礎となりました。

折しも、昭和4年(1929年)の世界大恐慌で不況となったことから、翌年、一真は井上電機製作所を退職し、自らの実用新案に基づく家庭用ズボン・プレッサーの製造販売を行う「彩光社」を京都市に設立します。そして、自転車で京都市内から大阪まで飛び込みで訪問販売するうちに、商売のコツを覚えていきました。さらに、より需要の高いナイフ・グラインダー*2を考案。これを東寺の縁日で販売するなど、町の発明家として苦闘するなかで、販路、取引条件、商品説明、広告など「マーケティング」の大切さも身につけたのです。

やがて零細な商品販売も限界となる頃に、レントゲン装置を販売する友人を訪ねたところ、X線撮影用に二十分の一秒で撮影できるタイマーに需要があると知ります。一真はこれを、自ら天職と思えた電気関係の仕事に復帰できる機会と考えて、社名を「立石医療電機製作所」に変更し、優れたタイマー装置を病院に納品するようになりました。

レントゲン撮影用タイマーレントゲン撮影用タイマー

このことが、大手レントゲン機器メーカーへのタイマーのOEM供給へとつながり、昭和8年(1933年)5月、一真は満を持して大阪に「立石電機製作所」を創業したのです。

次回は、オムロンの発展の原動力であり、求心力でもある社憲の制定と、そこに秘めた一真の想いを明らかにしていきます。

*1. 設備の電力系統において発生する電力や電力・電圧の急激な変化といった異常状態を検出すると、遮断器などの開閉器へ制御信号を出力し異常個所を切り離すことで、その影響を最小限に抑える製品。現在もオムロンの主力製品であるリレーの一種。
*2. 砥石を回転させることで研磨や切削、研削を行う工具

人の知見を機械に組み込む「Sensing & Control + Think」技術。

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