ソーラーパネルが京都の未来を拓く オムロンと京都府宮津市が取り組む官民一体の地方創生プロジェクト

近年世界的に、温暖化対策として代替エネルギーなど再生可能エネルギーの重要性と漸進的な移行が注目されている。そしてそれは、日本も例外ではない。日本三景の一つである天橋立を有する京都府宮津市は、太陽光発電の導入により新しい姿を見せようとしている。

古都・京都に地方創生のタネをまく

昨年、京都府宮津市において、敷地面積が合計約5万平方メートルにも及ぶ太陽光発電所が開設された。オムロンのグループ企業であるオムロン フィールドエンジニアリングや建設会社、銀行、地元の自治連合会など様々な企業や団体が協業したプロジェクトである。発電事業の構想から計画策定、発電設備の設計・施工や保守管理に至るまでを、オムロン フィールドエンジニアリングが担当した。
本プロジェクトの総工数は3年。設置された約2万枚のモジュールパネルは2017年9月から発電を開始した。開設した6か所の太陽光発電所の合計モジュール容量は4,948KW、発電電力量は宮津市の総世帯数8,000戸のうちおよそ15%の世帯が、自給自足エネルギーで生活できるようになる電力量だ。

このプロジェクトは一見すると温暖化対策や再生可能エネルギー推進のための活動に思えるが、実はそれだけではない。エネルギーの自給自足、過疎地域の土地の有効活用、雇用の創出など現代の日本が抱える様々な社会課題を解決し、地方創生を加速させる可能性を秘めている。


「宮津市メガソーラーパネル」

太陽光発電事業は休耕地対策だけではなく、雇用機会も生み出す

日本では、人口減少だけでなく、少子化そして都市部への人口流出が増加し続けている。その影響により地方では過去20年で深刻な過疎化が進んでいる。過疎化が進行している地域は全国の市町村の40%以上を占め、その面積は国土の半分以上にも及んでいる。過疎化による影響として第一次産業(農業や漁業)の衰退が挙げられるが、土地(耕作地)の管理も一つの問題となっている。
後継者や管理する人がいなくなった耕作地は、やがて休耕地となり、放置され年月が経つと荒廃地となる。その結果、シカ・イノシシ・クマなどの害獣が住み着くようになり、健全な耕作地の作物を荒らし、場合によっては人間を襲うこともある。多くの休耕地を抱える宮津市の由良地区において、自治連合会の会長を務める升田 榮二氏は次のように語った。
「そりゃあもう、最初はひどかったよ。だって猟犬ですら入っていかないくらい荒れてたんだ。もうジャングル状態と言っていい。そこにクマやイノシシがいたりしてね。周辺地域の民家の庭木によじ登ったりするんだ。危ないよ。」

由良自治連合会 升田会長由良自治連合会 升田会長

宮津市は1970年代には3万人程の人口だったが、現在は1万8千人程まで減少している。人が管理しなくなった土地はいつしか動物との境界線を乱してしまう。管理しようとしても土地の継承や相続が出来ておらず、土地の管理者が分からなくなってしまうこともある。
升田会長は対策について宮津市に数年前から相談しており、その熱意が伝わり今回のプロジェクトがスタートした。結果として、由良地区の休耕地が3万平方メートルのソーラーパネルに変貌を遂げたのだ。

「ソーラーパネルのおかげで、景観は良くなったし、害獣は減ったと思う。何より事業化することで雇用を生むことができるのが、もっとも大事だと思う。次の世代にきれいな地域を残したい。人が住むには、まず事業、そして組織が必要だ。」と、升田会長の思いは強い。
丹後由良駅周辺一帯でオムロンが主催する地元説明会では様々な意見が行き交い、太陽光発電事業以外にも地域活性化のための様々なプロジェクトが進行している。
由良地区にはまだ多くの休耕地が残っており、再利用の可能性は広がるばかりだ。

オール宮津で、エネルギーの地産地消を

エネルギーの地産地消を掲げるのは宮津市だ。産業振興課課長の小西 正樹氏は、「地域で消費するものは地域で生産する。それはエネルギーも例外ではない。」と語る。

宮津市産業振興課 小西課長宮津市産業振興課 小西課長

宮津市の主要な産業は観光業。近年のインバウンド効果もあり、年間で約300万人の観光客が訪れている。京都といえば歴史、神社や寺というイメージが強い中、「海の京都」をPRし続けている。栗田湾などの近海で獲れる新鮮な魚、白い浜、そして世界で最も美しい湾クラブに属する宮津湾など、海に焦点を合わせると京都の新しい一面が見えてくる。地元の自然資源、清涼な水と空気、そして地元の景観を大切にする。その思いから生まれた宮津市のスローガンが「自立循環型社会構造への転換」だ。

宮津市では直近の目標として2019年までにエネルギー自給率を5%にすることを掲げている。昨年まで0%だったエネルギー自給率は、2017年の太陽光発電所の稼働によって1.3%まで引き上げられた。「天橋立や日本海など恵まれた自然環境に加え、土地などの地域資源をできるだけ有効活用する。それらを守り、育てながら食やエネルギーを都市部に供給できたら、それは日本を元気づけることにつながる。」と小西課長は目を輝かせる。

プロジェクトを推進した戸松(写真左)と宮崎(写真右)プロジェクトを推進した戸松(写真左)と宮崎(写真右)

今回のプロジェクトの課題は何であったのか。プロジェクトを推進したオムロン フィールドエンジニアリングの戸松 広介と宮崎 鉄也は、地権者の説得であったと口を揃えた。ソーラーパネルの設置を検討していた5万平方メートルの土地は、100人以上の土地権利者の所有物だ。それらをつなぎ合わせて一つの面を作るためには、全ての地権者に承諾していただかなければいけない。「オムロンには1年間、毎週東京から宮津まで来ていただき、地権者一人ひとりを説得していただいた。その熱意には驚きました。」と小西課長は当時を振り返った。
戸松と宮崎は「今回、私たちの事業を通じて宮津市のよりよい社会づくりに貢献したいという思いが原動力でした。足を運ぶたびに、宮津の方々の何とかしたいという思いがひしひしと伝わり、地権者の説得にも積極的に協力してくれました。宮津のみなさんの協力があったからこそ、プロジェクトを達成することができたのです。」と、その想いを語った。

多くの人々の想いが実り、今回の太陽光発電所が誕生した。そして宮津市とオムロンの連携体制は、太陽光発電事業だけではない。再生可能エネルギーの普及拡大、農業等の産業振興、交通・観光分野における快適性や利便性にいたるまで様々な分野において連携し力を合わせる。地域と一体となって自立循環型経済社会構造への転換を実現するために、再生可能エネルギーはそのコアに位置する地域のエンジンだ。太陽光発電の設置に留まらず、太陽光発電を事業として成立させ、雇用を生み、そして地域を活性化する。由良自治連合会の升田会長と同じ未来を見る小西課長や戸松、宮崎の姿がそこにはあった。
まさにオール宮津で未来を切り開く京都府宮津市の今後が楽しみだ。

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