人が楽しみながら成長する技術を、より多くの人に届けたい ~初心者も上級者も、卓球を続けたくなるロボット~

かつてロボット、特に産業用ロボットに求められていたのは効率のよい作業、人間以上の処理能力といった生産性を上げるための機能だった。

しかし、現在は人間が指示し、ロボットが作業するという関係だけではなくなりつつある。接客や介護の現場に導入されつつあるコミュニケーションロボットや、スマートフォンに搭載された人工知能など、日常生活のなかでも人は機械とのコミュニケーションを楽しみながら、便利な生活をおくれるようになってきた。

こうした人間と機械が協働する関係のさらに先にある未来とは何か。人は、機械の支援を得ながら、自らの能力や可能性を引き出せる「人と機械の融和」ともいえる状態になるとオムロンは考えている。この、ひとつの事例が、卓球ロボット「フォルフェウス(FORPHEUS)」だ。

この「人と機械の融和」を体験するためのロボットは、2014年に誕生して以来、毎年展示会などで体験する人からのフィードバックを受けながら技術開発を重ね、進化を続けている。そして、2017年に開発された4代目フォルフェウスは、これまで以上にラリーを体験できる人々の裾野を広げた。より多くの人の能力を引き出せてこそ、ロボットが人を支援する未来が実現するからだ。その進化と挑戦を追う。

もっと楽しみたいという『人の気持ち』に応えるために

149-002.jpg

4代目フォルフェウス開発リーダーの小泉

卓球のラリーを楽しむためには、サーブが打てること、スマッシュなどの相手の返球に対応できること、ラリーを続けようとするモチベーションを保ち続けることなどの条件がある。今回のフォルフェウスが目指したのは、それら条件を乗り越え、より多くの人とラリーを楽しむための進化だ。

「これまで様々な人にラリーを体験してもらい、初心者の方はまずサーブで失敗してしまいラリーをうまく始められないことが多く、逆に上級者の方には単純なラリーだけでは簡単で十分楽しんでもらえないことがあると感じました」そう分析するのは開発リーダーの小泉昌之。

人の持つ、もっと楽しみたいという気持ちをターゲットに開発が進められたのが「サービス機能」 と「スマッシュ予測」、さらに「サウンド機能」の3つだという。

「初心者の約3割の方がサーブで失敗することが分かっていたので、代わりにロボットからサーブを開始してみたら? ラリーの続く上級者はロボットを相手に試してやろうとスマッシュを打ちたくなる傾向がわかってきたので、スマッシュを予測できるようにしたらみんな驚かないか? ラリーを音楽を一緒に奏でるようなものにすればロボットと一緒に楽しむことができるのではないか? 開発チームでこれまでのフォルフェウスを体験した人たちの行動からそのように考えました」と振り返る。

『人の体』に注目し、ロボットに再現させる

149-003.jpg

初心者から上級者まで、誰もが卓球のラリーを楽しみながら上達できる。その実現の裏には数々の開発努力があった。

トスを上げる、スマッシュを予測する。人間であれば当たり前にできることをロボットにさせるのは、実は容易ではない。そのために開発チームが着目したのは「人の体の動き」である。

「人がトスを上げる動作を何度もスロー再生してわかったのは、人は指先を下げてボールを少し落とし、その後で手首をひねってボールを放るという一連の動作をしているということです」と語るのは、サービス機能の実装に取り組んだ植木大地。ロボットのハンド部分を短期間で何度も改良しながら、人間の投げるトスに近い軌道での投げ上げを実現させた。

149-004.jpg実現したサービス機能

スマッシュ予測を行ったのは開発チームの丸山裕、浅井恭平の両名。

そもそも、フォルフェウスはスピードの速い球の返球が苦手だった。普通の球よりもスピードが速いスマッシュが打たれた後にボールを感知するのでは対応が難しい。そこで両名は、スマッシュを打つ際の人の体の"開き"に着目した。

「スマッシュを打つ際には肩を動かしながら手を振りかざす人が多く、そのようなときには人の体は大きく開きます。この動きをカメラで認識することで、スマッシュが打たれるかどうかを事前に予測できると考えました」と話す丸山。

その予測を生かし返球のための動作を実装したのが浅井だ。

「予測ができたら次は、速い球への対応が必要。フォルフェウスには本物の卓球選手のブロックリターンのように、スマッシュが飛んでくる確率が高い場所に構え、少ない動きでボールに追いついて抑え込むように返球する動きを再現させました」

さらに入社1年目の中山雅宗が実装したのは、従来フォルフェウスが苦手とした山なりのボールに対応する運動制御の強化と、返球位置を調べるカメラのブラッシュアップ。この改良を通じて、空振りが目立っていた山なりボールを克服した。

149-005.jpg

スマッシュ予測機能をテストする浅井(左)と中山(右)

そして、サウンド機能はラリーの際に音楽を流し、返球のスピードやボールの落下位置に合わせて音が変化するというもので、卓球の腕前に合わせてリズムに乗りながらラリーを楽しめる。さらに、ラリーの状況についてフォルフェウスが音声で反応するという機能も追加された。

ラリーを楽しく続けるための方法として、人の聴覚情報と集中力の関係に着目したと小泉は言う。

「人の集中力に関する研究テーマを進めるメンバーから音も集中力を高める要素だというアイデアをもらいました。卓球の選手も、聴覚を遮断すると十分なパフォーマンスが得られません。私たちは意外とリズムや音、声といった聴覚からの情報を受け取り活用しているのです。こうした観点から、人の集中力を高めるために音楽が一つの動機付けになるのではと考えました」。

これらの試行錯誤の末にフォルフェウスは、「人と機械の融和」をより多くの人に体験してもらうロボットとしてさらなる進化を遂げた。

149-006.jpg

CEATEC JAPAN 2017では15,000人を超える来場者の方にラリーの様子を見ていただいた

なぜオムロンは卓球ロボットをつくれるのか

フォルフェウスは卓球のラリーを行うロボットである。しかし、そこに使われているのは、オムロンの産業機器であり、「センシング&コントロール+Think」というコア技術である。

フォルフェウスの開発を統括する川出雅人は「ボールの軌道をセンシングする、ロボットを正確にコントロールする、そして人に合わせてロボットが動きを変える。これらを同時に行えるのがオムロンです。わたしたちは日々、お客様のニーズに製品と技術を組み合わせながら向き合っています。例えば、球種を判断する際の認識は、ロボットが工場で部品を掴むなどの3次元での認識が必要なあらゆる現場へ応用できます。さらに、フォルフェウスに搭載されている時系列ディープラーニングなどの技術は、自動運転技術における危機予測などリアルタイムに機械が考え判断を下すそのスピードと正確さを向上させられるでしょう」と語る。

149-008.jpg

開発を統括した川出

フォルフェウスがボールを返しながら「楽しくラリーを続けましょう」と声をかけてくるその先には、卓球台を飛び越え、日常社会のなかで、人がロボットの支援を得ながら、自らの能力や可能性を引き出せる「人と機械の融和」が待っている。

149-007.jpg

関連リンク