電力をムダにしない未来へ。鍵を握るのは「存在を感じさせない電源システム」 ~パワーエレクトロニクスのエキスパートが若いエンジニアたちと描く夢~

夏の暑い日。人は、エアコンの冷房が効いた部屋で、冷蔵庫から取り出した冷えたビールやジュースを飲み、炊飯器で炊いたご飯や電子レンジで温めた惣菜を食べ、テレビを見たり、パソコンやスマートフォンで調べものをしたりする――。

21世紀を生きる私たちの豊かな暮らしは、もはや電気製品が無ければ成り立たない。そして、ロボットやドローン、電気自動車(EV)などの急速な普及が予想される中、電気製品、もっといえば電気への依存は今後ますます大きくなることは間違いないだろう。

私たちは普段何気なく電気製品を使用している。エアコンも炊飯器も電子レンジもテレビもパソコンも、ボタンを押すだけで起動する。しかし、この背景に「電気を変換する」技術を発展させてきた"電源屋"たちのたゆまぬ努力があることはあまり知られていない。この"電源屋"を自負し、数々の足跡を残してきたのが技術知財本部の財津俊行 博士(工学)だ。

生活に欠かせない「パワーエレクトロニクス」

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なぜ、電気を変換する「電源」が重要なのか。それは、電気製品の仕組みを見れば理解できる。電気製品に組み込まれている電子回路のほとんどは、数V程度の小さい電圧の直流(DC)で作動するが、発電所から送電網と通じて送られてくる電気は100Vや200Vといった高電圧の交流(AC)。高電圧のまま供給すれば電子回路は壊れてしまう。

そこで、高電圧の交流を、家庭内の電気製品をはじめ、産業用の機械・装置に合わせた電流に変換するのが「電源」だ。そして、これを支える技術を「パワーエレクトロニクス」という。財津は、このパワーエレクトロニクスの世界的なトップエンジニアとして、30年にわたって日本とアメリカで7社を渡り歩き、通信用、産業機械用、半導体、コンシューマ用など、さまざまな分野で電源制御の技術進化を牽引。電力変換で生じるムダの低減にも意欲的に取り組んできた。

パソコンの形を変えることに一役買った"電源屋"の次なる挑戦

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ただ、電気を変換すると一言に言っても、電気製品や装置によって必要な電圧の大きさは電流の種類は異なる。そのため、電源には、一般に交流(AC)を直流(DC)に変換するコンバーターと、直流(DC)を交流(AC)に変換するインバーターの2種類が存在している。このように、コンバーターとインバーターは「電気を変換する」という同じ役割を担いながらも似て非なるものだ。

「コンバーターとインバーターをどちらも手がけているメーカーは世界的に見ても数少ない。しかも、保有する技術はどちらも業界トップレベル。社会変革をリードするオムロンなら"電源屋"として長年培ってきた知識と経験と活かし、地球規模の課題解決に挑戦でできるのではないかと考えました」

こう話す財津がオムロンに入社したのは今から3年前。そこに至るまでに彼が築いた功績は計り知れない。数ある中で代表的なのが「圧電トランス」というメカニカル振動によって電源を制御する技術を広めたことだ。この技術の恩恵を受けたのがノートパソコンだ。一昔前のノートパソコンといえば、パソコン本体の割に液晶モニターが小さく相当重かったのだが、これが「圧電トランス」の導入によって一変した。モニターの照度調整機能の大幅な小型化に成功し、モニターを大きくすることが出来たからこそ、今日のノートパソコンの姿がある。

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一般的なパソコンの形状比較

そんな財津が仲間と共に現在注力しているのは「電気をかしこく使って、かしこく貯める」新たなパワーエレクトロニクス技術の確立。この技術が着実に進化を重ねれば、例えば、EVの"電費"は飛躍的に高まり、一回の充電で走れる距離が長くなる。EV開発の世界では、モーターと、それを駆動させるためのユニットをひとつにまとめてシステムを大幅に小型化する「機電一体化」が進んでいる。

地球環境保護が叫ばれる今、エネルギーの省力化は喫緊の社会課題でもある。特に、世界の全CO2排出量の20%以上を輸送機器が占めている今、自動車の環境性能向上は待ったなしだ。システムの小型化と省エネ化は、喫緊の課題ともいえる。

電力はコウノトリが運ぶ?"電源屋"の集大成として若いエンジニアたちと未来へ

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オムロンも精力的に取り組む「機電一体化」というトピックもあり、ますますパワーエレクトロニクスが注目を集める中、財津はこんな夢を見ている。

「究極のゴールは、装置から"電源"を無くすこと」

この夢の出発点は、今から約30年前。ある"装置屋"とパワーエレクトロニクスの将来について語り合っていたときに掛けられた一言にある。

「財津君、電力は"コウノトリ"が運んでくるようにできないかな」

この言葉が意味するのは、装置に電源システムの存在を感じさせない"究極の技術"のこと。奇しくも、これはロボットや、EV、ドローンなど電気で"動くもの"が増え続ける中、小型化と省エネ化の重要性は高まりつづけている。妙に頭から離れなかった"コウノトリ"というキーワードが、時を経て、時代に即したパワーエレクトロニクスの目指すべき新しいコンセプトになりつつあるという。

この方向性は、財津自身が"電源屋"の集大成として目指すものと合致している。彼が大切に胸に秘めている言葉がもうひとつある。それが"もったいない"。限られたエネルギーを大切に使う、というのが彼の"電源屋"としての誇りでありポリシーなのだ。財津がアメリカで勤務していた頃、"もったいない"という観念をアメリカ人には理解されなかったらしい。自然に対する尊敬と感謝。この日本人ならではの感覚が、パワーエレクトロニクスの今後の技術革新の鍵を握るかもしれない。

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財津が描く、自然エネルギーを変換し、電気を余すことなく生活に利用する構想図

財津は、電源の世界を長年リードしてきた人間の使命として「より効率的な電源システムを開発し、地球環境保全に貢献していきたい」と考えている。そして「オムロンならできる」と確信しているという。ここまで財津の気持ちを高揚させる最大の要因は、オムロンがコンバーターとインバーターの両方の技術を持っているのはさることながら、若いエンジニアたちの情熱だ。

「入社する前、オムロンの若いエンジニアたちと仕事をする機会がありました。社会課題を解決すべく、とても熱心な彼らの姿勢に感銘を受け、いまだに脳裏に焼き付いています。同僚となった今も、その印象は変わりません。若い彼らと一緒に夢を叶えたい」と財津は言う。

パワーエレクトロニクスの技術次第で地球環境の行く末が左右されるといっても過言ではない。日々電気と向き合う"財津マインド"を注入された若いエンジニア陣は、イノベーションを起こし続けられる。財津は、社会と自然が共存する未来を見据え、そう信じている。

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