センサーが賢さを極めれば、自動車は人の眠気を察知できるか?

~センサーでAIを進化させる~

近年、運転手の健康状態が急変し、自動車運転の継続が困難な状況に陥ってしまうことによって起きる不幸な事故が多発している。「ぶつからない車社会」の実現に向けた取り組みに貢献するオムロンでは、自動車を安全に制御するために運転手が安全運転に適した状態かをリアルタイムに判定できる「ドライバー運転集中度センシング技術」の開発を進めてきた。

これを始めとするオムロンの画像センシング技術の開発をリードするのが 諏訪 正樹・博士(工学)。オムロン入社から一貫して画像センシングの研究開発に携わってきた諏訪は「賢さを極めたセンシング技術」をモビリティ領域へ活用することの意義を強調する。その目には、どのような未来が映っているのだろうか。

AIに必要なのは「物理世界からの情報の取捨選択」。センサー自身が状況や目的に応じて必要なデータをAIに渡す

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諏訪の言う「賢さを極めたセンシング技術」とは「物理世界からの情報の取捨選択」を自律的におこなうセンサーだ。例えば、ドライバーが安全に運転できる状態かどうかを判断するために求められるセンシングデータは、脳からのシグナルにもとづいて、結果として表出する「顔の向き」や「目線」など物理世界で取得可能な情報になる。

膨大な物理世界の情報からセンサー自身が状況・目的に応じて必要なデータを抽出し、制御をおこなう人工知能(AI)などに渡す――。情報の取捨選択なしに外界情報のセンシングデータをAIに渡した場合、処理が間に合わなかったり、満足のいく結果を出せなかったりする恐れがあるため、「リアルタイム性」と「結果の透明性」がより強く問われるモビリティなどの領域においては重要になるからだ。

諏訪は「AIにセンシングは欠かせない」と言う。「生物学的にも、感覚器の進化は脳の進化を促進してきた。センシング、すなわちセンサー(感覚器)が物理世界の情報を的確に取捨選択する技術が発達すれば、AI(脳)の処理は軽減され、正確な答えを素早く導くことができるようになる。同時に、AIの学習スピードを早めることにもつながるため、いかに質の高いデータのみをセンサーが取捨選択できるかが鍵を握る。その意味では、センシングこそが物理世界とAIをつなぐかけがえのない存在だといえる。」

2016年6月にオムロンが発表した「ドライバー運転集中度センシング技術」は、こうした考えを具現化したもの。高精度な画像センシング技術に、時間的変化を伴う事象の認識を可能とする「時系列ディープラーニング」というAI技術を取り入れることにより、カメラで撮影した映像から、ドライバーが運転に適した状態かをリアルタイムにレベル分けして判定できるようにした。

居眠りや脇見などの個別のセンシングだけではなく、その結果を組み合わせ、運転に影響を及ぼす集中度を判定する。自動車が欲しい情報とは何か?を議論した結果、オムロンが辿りついた仮説だった。

また、諏訪は「より深い、人間の内面のセンシング」への挑戦にも力を込める。画像から得られる外見情報に加え、血圧や脈拍など多様な生体シグナルも組み合わせることで人の内面を理解したい、という。あらゆるセンサー技術を駆使して眠気や疲れの予兆をセンシングし、眠くなる前に運転手にサインを送ったり、自動車を緊急停車させたりする。人と自動車のどちらも誤解しない事実を意味づけすることで、人と自動車はコミュニケーションできると言うのだ。SFのような未来が、もうそこまで来ている。

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顔画像センシングと時系列ディープラーニングの融合で、ドライバーの状態を判別し、運転復帰レベルを判定する

技術者は、技術を育て世に送り出し続ける義務がある

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画像から立体的に電子部品の位置や形状を認識するセンシング技術も開発

そんな諏訪は、オムロンに入社以来、さまざまな事業の画像センシング技術の分野において数々のイノベーションを起こし続けてきた。最初に携わったのは「文字認識センサー」の開発。カメラで捉えた画像の中にある文字やコードを認識するこの技術は、工場で製品に印字された食品の賞味期限や製造ロットナンバーといった文字やコードを読み取る装置から、車両のナンバープレートの識別、名刺を読み取る名刺認識スマートフォンアプリまで幅広く応用されている。

そして、画像で認識できるのは何も平面上の情報だけではない。「かたち」の認識を「道路交通センサー」で応用することで、諏訪はそれを実証した。これまで2次元の画像センシングでは刻々と変わる道路状況に追従できないことがあり、道路を走る自動車のスピードや台数などを正確に判別するのが容易ではなかった。そのたため、諏訪はカメラを2台使用し、人間の目と同じように3次元で自動車の「かたち」までもセンシングできるセンサーの開発に着手。積年の課題解決に取り組んだ。この結果、昼夜・天候に関わらず97%以上もの高い認識率で自動車を検知できるようになり、渋滞が起こらないように、あるいは速度が出過ぎないように、交通の流れをコントロールすることが可能となったのである。

当時、屋外環境下での立体形状認識の技術は画期的だったが、当然のことながら諏訪の歩みはそこで終わらない。様々な3次元計測手法を用いてさらなる課題に挑む中、その応用に最も困難を極めたのが「基板検査装置」だ。これは、基板に搭載された電子部品の"はんだ"の形状や接合状態の立体的な識別検査に応用されている3次元画像センシング技術で、原理的には1秒間に100回という人間の目では追いきれないハイスピードで光の情報を切り替えてセンシングする。モノづくりの現場で高速で高品質な製品が生産できるようになったのは、この技術が生んだ成果の一つといえるだろう。

このようにして、約20年にわたって画像センシングを応用し、社会課題の解決の研究開発を続けてきた諏訪だが、今では「技術者は科学の種を技術として育て上げ、世に送り出し続ける義務がある」ということを身に染みて感じていると言う。「縄鋸木断 水滴石穿(じょうきょぼくだん すいてきせきせん)」とは諏訪の座右の銘。この使命を胸に、しぶとく技術の創出を継続することで、いつか必ず社会的課題を解決するような価値につながると信じている。ただ、それは決して同じことの単調な繰り返しではない。「事業に多様性があるオムロンだからこそ、出口探しならぬ"出口つなぎ"で地道に愚直に技術を伸ばしていくことができる」と目じりを下げた。

センシング技術で見据える未来。自動車が人の心を、そして他の自動車を理解する日は遠くない

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交差点で人/自転車がお互いの位置を知らせ合う社会

センシング技術が創造する人と自動車の新しい未来。諏訪は「すべてを完全に自動化することが必ずしも良いとは思わない」と断言する。「自動車をコミュニケーションパートナーに」というのが諏訪の開発思想だ。

「センシング技術の進歩によって、自動車が人を理解し、自動車同士が理解できるようになれば、安全な移動が実現するが、それだけではない。自動車が人の心を理解することは、人が自動車を信頼することにつながり、自動車は空間的に快適でリラックスできる場所となる。安全確保はもちろんのこと、自動車は人のコミュニケーションパートナーとしての役割を担うようになるだろう」

そんな未来を現実のものとするため、諏訪の挑戦はまだまだ終わらない。「見えないもの」をいかにして見えるようにするか、「物理的に見えないもの」をはじめ、「人間の内面」さらには「時間軸としての未来」という3つの「見えないもの」のセンシングが大きな研究テーマだ。例えば、「物理的に見えないもの」を見るには、音の反響を受け止め、それによって周囲の状況を知るコウモリなど、自然界に存在する生物にもヒントを求めている。

諏訪の目に映る未来。そこには、人が自動車を運転する喜びを今まで以上に感じている様子がはっきりと描かれている。

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